DJを“表現”に変える。音と映像の交差点に立つryosukeの挑戦

DJのryosuke(りょうすけ)と申します。
関西を拠点に、ラグジュアリーホテルや百貨店、催事、飲食店のイベントなどで音楽の選曲をしています。
もともとはクラブで、お客さんを盛り上げるタイプのDJとして活動を始めましたが、少しずつレストランや百貨店、そしてホテルへとフィールドを広げてきました。
現在は、会社員として働きながらDJを兼業で続けています。
DJという言葉は「DISC Jockey」の略で、CDやレコードといった音源を「乗りこなす」ような仕事だと考えています。
音楽を場の雰囲気や目的に合わせて選び、空間をデザインしていくこと。
単に曲を流すのではなく、「場をつくる」ためのツールとして音楽をコントロールすることが、私の思うDJの役割です。
VS.との関わりは、文化装置の開業セレモニーでのVS.リーグに所属するクリエイターの一人として参加してきました。今回の「Creatism Junction」も、そのつながりからいただいたご縁だと感じています。
簡易的な過去

高校生の頃から音楽が好きで、その頃からダンスミュージックを聴くようになりました。
二十歳を過ぎて夜にクラブに行けるようになってからは、何度もクラブに足を運び、クラブという場所そのものが楽しいと感じるようになりました。
そこから自然と、フロアを動かしているDJという存在にも興味が向きました。
音楽が好きになった入り口は洋楽。
当時のビルボードチャートに入っていたワン・ダイレクションやテイラー・スウィフトなどのポップスをよく聴いていて、その流れでカントリーミュージックにも触れていました。
一方で、母はハードロックやRCサクセションが好きで、家にはベストアルバムが一通り揃っていました。ロックとポップス、どちらの文脈にも自然と触れていたのだと思います。
あとから知ったことですが、「SOUL BOSSA TRIO(ソウルボッサトリオ)」というアーティストの初代キーボードの方が私の親戚でした。 実家のCD棚を眺めていた時に、家族から聞いて驚いたのを覚えています。
自覚はなかったものの、クラブサウンドとジャズが混ざり合った音楽に惹かれていたのは、そういった背景も影響しているのかもしれません。
DJとして具体的に動き出したのは2019年です。
パソコンとコントローラーがあれば、4万円くらいで始められるスターターキットが売られていて、それを購入してまずは自宅で練習を始めました。
ただ一曲ずる再生するのではなく、自分の思い描いたプレイリストを繋いで流していく感覚が楽しくて、「おうちDJ」から活動をスタートしました。
同年に、クラブのブッキングをしているマネージャーに機材を買ったことが知られ、声をかけてもらったことがデビューのきっかけです。
「3ヶ月後までに練習してきてね」というスパルタな条件ではありましたが、そのおかげで自分で調べ、勉強しながら、今につながる基礎を作ることができたと感じています。
現在のクリエイティブな活動(いま何をしているか)

現在は、会社員をしながらクラブシーンでの活動を続けつつ、ホテルや百貨店、商業施設での選曲、企業イベントでのBGM演出など、クライアントワークとしてDJの仕事をしています。
ですが、今の環境を選ぶまでには、世の中の変化や葛藤もありました。
2019年末にデビューした直後、世の中は感染症の影響で自粛モードに入ったのです。
大きなイベントはほとんど開催できなくなり、緊急事態宣言の合間に、飲食店の営業再開タイミングを狙ってクラブやミュージックバーでDJをさせてもらう、といった状況がしばらく続きました。
その中で取り組んだのが「配信イベント」です。
2020年頃に10万円の特別定額給付金がありましたが、会社員の収入があったため、そのお金を「クラブでDJをしたいのに、コロナで機会がない」と悩んでいた後輩たちの活動の場を作るために使うことにしました。自分自身もそうしたイベントをやってみたかったこともあり、せっかくなら一緒にやりたいという気持ちもありました。
会場を借りて配信イベントを行い、当時の規制に従って入場者数を制限しながらも、オンラインで観てくれる人たちがいて、「人がいる状況」をつくれたことは、大きな成功体験になりました。
同時に、その場に集まってくれたDJ仲間や、映像を担当するVJ(ビジュアルジョッキー)の方々とのつながりは、今も大事な財産になっています。
その配信を観てくれていたクラブのお客さんが、後日別の現場で「配信を頑張ってやっていた人なんだよ」と紹介してくれることもありました。
金額以上に自分の名前や活動を知ってもらえて、多くの人とのつながりを得られた大きな実感がありました。
また感染症の影響で、大阪と東京のどちらを活動の主軸に置くのかも迷いました。
東京のエージェントの方からイベントなどに呼んでいただける機会は多かったものの、仕事の競争力が高く、常にインプットもアプトプットも戦わなくてはいけない……。そんな、雰囲気を強く感じていました。
まだまだ大阪でやれることがある。
そう感じて、自分のDJ活動を広げることに集中して動いた結果、ホテルやレストランなどからクライアントワークとして、DJの仕事を任せていただけるようになりました。
このときの判断が今の私の活動にもつながっていると感じています。
今やってみたいこと/挑戦したいこと・目指しているもの
これまでの私のDJ活動は、主に「聴覚」に対するアプローチが中心でした。
ですが、今はそこから一歩踏み出し、視覚や五感に訴えかけるアート表現に挑戦したいと考えています。
今回のCreatism Junctionでは、曲をつなぐ操作と連動して、映像のエフェクトや切り替えが起こるアプリケーションを用意しました。

いわゆるメディアアート、オーディオビジュアルの領域に、自分なりの表現で挑む試みです。
そのきっかけとなったのは、VS.で最初に行われた真鍋大度さんの展示です。DJとしてご一緒させていただき、プロのオーディオビジュアルライブを間近で体験しました。
その後も、池田亮司さん、落合陽一さん、チームラボ / teamLabさん、NAKEDさんといった著名な作品に触れ、「音楽と映像、テクノロジーが交差する表現」に強い衝撃を受けました。
今までは、DJとしてどうやって頑張るかを考えていましたが、その影響を無視できないと感じるようになり、「自分なりのベクトルで、音楽と映像を掛け合わせた表現をしてみたい」という思いがどんどん強くなっていきました。
将来的には、このアプリケーションを使った表現を、展示会やライブの形で発表していきたいと考えています。
自分のDJセットとアプリを一緒に持ち込むことで、自分自身のバリューを高めながらも、海外公演やクラブイベント、企業レセプションなどにアーティストとして呼んでいただける存在になることが、今後の目標の一つです。
同時に、このアプリをサービスとして展開することも視野に入れています。
たとえば、SNSでライブ配信をしているフィンガードラマーの方が、グリーンバックを使って自分の演奏に合った映像を出したいとき、フリー素材をただ流すのではなく、演奏に連動した映像を出せるようにする。
そういった、これから新しい表現や発信を考えている方々にも使っていただけるツールとして、提供できたらと考えています。さまざまな機能の追加や表現の幅を広げるなど、丁寧にサービスに落とし込みたいです。このプロジェクトは、一緒に開発してくれている方への恩返しでもありますし、その方の商品としてともに育てていきたいという思いも込められています。
あなたにとってのCreatism(創衝動)は?

長い間、私は「DJという行為そのものはクリエイティブな活動ではない」と感じてきました。
DJは、既存の楽曲を選曲し、場に合わせて提供する仕事です。楽曲をゼロから制作するわけではないという意味で、ど真ん中のクリエイターではないという感覚が常にありました。
だからこそ、「どうやって自分の活動をクリエイティブな方向へ寄せていくか」が、私にとっての大きなテーマです。
ゼロからイチを生み出す表現をどう作るか、自分にしかできない表現とはなにかを突き詰めていく。そのために「ただDJをするだけの存在」で終わりたくない、というハングリーさが私を突き動かしてきたと感じています。
そして、ハングリーさの手前には、必ず「好奇心」がある。
「あれをやってみたい」「こんな表現に挑戦してみたい」という好奇心が芽生えたとき、自分一人の力では届かない領域が必ず出てきます。 そこで、エンジニアの方や、今回のカッシーさんのような方々と協力しあい、ともに新しい表現を作っていく。
一人では全部できないからこそ、個と個がつながることで新しいものが生まれる。
その場に立った時に湧き上がってくる好奇心こそが、私の活動の原点だと思っています。
また、「バイブス」を持っているという表現を、人とのつながりでは大切にしています。
ここでのバイブスは「芯を持っているかどうか」に近い意味で、その人の根幹が見えていれば、行動原理や目指しているものを、自然と感じ取れる。
自分が何をしたいのか、どう生きたいのかというゴールが明確な人を「バイブスが高い」と感じています。
とくに、VS.の野村さんは、その代表的な存在だと思います。
VS.やナレッジキャピタルを始めとして、数十年先まで見越した未来をつくる設計を行っている。そのビジョンの解像度の高さに、私は大きな影響を受けています。
VS.という文化装置があったからこそ、私は野村さんを始め、カッシーさんとも出会い、今回の特別な一夜「Creatism Junction」という交差点に立つことができました。
一人では到達できない表現に、好奇心とハングリーさを持って、誰かと一緒に手を伸ばしていくこと。
そして人と人とのバイブスの交錯こそ、私の好奇心を湧き上がらせる、新しい表現・挑戦が生まれる舞台なのだと感じています。