うめきたをクリエイティブの聖地に未知が生まれ続ける文化を創る

「自分にとっての幸せは何か」、という問いに、答えられる人は多くない。
2025年に不惑の40歳を迎え、これまでの集大成である600人規模のクリエイティブイベント「Creatism Junction」開催に挑む樫本 祐輝氏。招待制クリエイターギルド「THE CREATIVE」の運営やクリエイター交流イベント「クリエイター祭り」の主催、グラングリーン大阪「VS.(ヴイエス)」のコミュニティデザイナー&DX推進の担当など、幅広く事業を展開してきた。

華々しいキャリアだけに順風満帆な道を歩んできたように見えるが、実際は決して平坦な道ばかりではなかった。
未曾有の疫病が業界に暗い帷を降ろした2023年。同氏は人生で初めて「創ることが楽しくない」という感覚に陥る。絶望にも近い暗中でつかんだ答えは、「ずっと面白いものを見続けたい」という純粋な気持ちだった。
心踊る人生を歩み続けるために、自分はどうすべきか。
考えに考え続けたこの数年間。そして辿り着いた「教育」の道。
本稿では、樫本氏のこれまでの歩みを辿りつつ、600人とともに描く未来情景に迫る。

Profile:樫本 祐輝(Kashimoto Yuki)
1985年生まれ。岡山県美咲町出身、大阪府高槻在住。 21歳でWebデザイナーとして独立。 その後ゲーム開発会社、マーケティング会社、NPO法人などを渡り歩き、再びフリーランスとして独立・法人化。ステージを上げていくための「未来クリエイティブ感覚」を個人や企業に提供したいと「クリエイターの独立支援」「UI/UXデザイン」「IT・DX顧問」の3軸で活動。招待制クリエイターギルド「THE CREATIVE」、フリーランス入門講座「フリーランス研修」、交流イベント「クリエイター祭り」、企業向けDX支援「DXBoot」など様々な取り組みを展開している。3児のパパ。
うめきたで天井を穿つ一撃を

「うめきたをクリエイティブな人の聖地にする」━━。
関西最大級のクリエイティブイベント「Creatism Junction」において、樫本氏は壮大なビジョンを掲げた。同氏は、2024年9月にグラングリーン大阪に誕生した安藤忠雄設計監修の新たな文化装置「VS.」を中心に、大きなクリエイティブのうねりを創出しようとしている。
Creatism Junctionは、関西のクリエイティブ領域で活動する人や企業が集い、新たな文化の交差点を生み出す招待制のパーティだ。ジャンルを超えて人が交わり、発想と希望が広がる特別な夜を体験できるとしている。同イベントを立ち上げた背景について、樫本氏は過去の取り組みを振り返りながら次のように語った。

「これまで、クリエイターの交流会である『クリエイター祭り』の主催をはじめ、招待制クリエイターギルド『THE CREATIVE』の運営や、独立の第一歩から初期にかけての個人事業主クリエイターを対象とした”フリーランス研修”など、クリエイター支援に関わるさまざまな取り組みを仕掛けてきました。その成果として、多くの人がクリエイターとして独立し、好きを仕事にして暮らしています。しかし、クリエイターとして生活できる人を輩出できた一方で、『その先』のステージへはなかなか進めていません」。
ある程度食えるようにはなったが、そこで止まってしまう。「食っていける」のその先へ向かうクリエイターが少ない。それが樫本氏の抱える現状の課題感だった。
「海外の展示会に出展するとか、国を挙げたプロジェクトに参画するとか、売り上げ規模が数千万円を超えるといったクリエイターになるためには、もっと上のフェーズへ行く必要があるんです。ただ、僕らはまだその知見が足りなくて……。ここを一緒に考えていける方と出会いたいとの思いがありました」。
上記の目的のために、樫本氏が現在構想している仕組みが「Creatism」だ。Creatismはコミュニティでありクリエイターが向かう聖地たらしめるものを考える仕組みである。
「ゆくゆくは、ここから世界で活躍するようなクリエイターが出てきて欲しい。それがロールモデルとなり、次の世代のクリエイターに『もっと上を目指したい』との気持ちを抱かせるんだと思います」。

「僕は無理にクリエイターたちに『上を目指せ』と言いたいわけではありません。しかし、可能性を持っているのに挑戦しないのはもったいない。クリエイターがもっとレベルの高いものをつくりたいと思える“理由”を、僕はつくりたいんです。とんでもないレベルのクリエイティブを見て、自分の想像の天井を突き破って、次のステージを目指すクリエイターが出て来てくれると嬉しい。Creatism Junctionは、そんな未来の原体験となるはずです」。
世の中を「面白い」であふれ続けさせるために

樫本氏がクリエイター支援、特に教育にこだわる背景には、過去の苦い体験がある。
「以前に会社員として、ゲーム制作のベンチャー企業に勤めたことがありました。そこにいるクリエイターは40歳前後の方が多く、10年以上のキャリアを持つプレイヤーがたくさん在籍していました。でも、子育てをきっかけにハードな働き方ができなくなって辞めたり、体を壊して働けなくなったりする方も多くいたのです」。
若い頃からフリーランスとして活動していた同氏は、自身の人脈を使って彼らの次の働く環境を斡旋。それでも力不足を強く感じたという。
「その後、ニートの就労支援を行っているNPOに関わる機会があって、自分のフリーランスとしての経験が活かせることに気づきました。スキルとして能力はあるのに働けていない人がいて、すごくもったいないなと。そこから無料のコンサルティングや情報発信を始め、未来の創り方に悩むクリエイターの支援を本格的にやっていきたいと思いました」。

フリーランスとしてある程度成功を収めたのち、「一人でできることには限りがある」と、2017年には株式会社クリエイティブユニバースを設立。支援や教育の事業に加え、DXといった事業の柱も確立し、順風満帆なキャリアを歩み出した。しかし、37歳を迎えた年に「創ることが楽しくない」と感じる窮地に陥る。
「デザインも企画書も何も思いつかない。新しい仕事を獲得すべきなのに身体が動かない。自分の心がどんどん死に向かっていると感じる、人生で初めての感覚でした。理由はひとつではなく、自分の身の回りにいるクリエイターの仕事や報酬が減ったり、それがきっかけで病んでしまったりと、しんどいことが立て続けに起こったことが原因だったと思います」。
これまで、こうした結果を生まないようにクリエイター支援を続けてきた同氏にとって、受けた衝撃は計り知れないものだった。悔やんでも悔やみきれず、自分のやってきたことが無意味に感じられた。使命感を持って取り組んでいただけに、役割を喪失したかのように思えた当時は、文字通り真っ暗闇の中にあったという。

そんな暗中で光となったのは、仲間たちの差し伸べてくれた手だった。そして、その手は樫本氏にとって一番大事な答えへと導いてくれる。
「恥を忍んで普段一緒に仕事をしているギルドのクリエイター仲間に状況を説明したところ、毎週仲間たちが僕に時間を割き、対話を繰り返してくれました。その中で自分を深く見つめ直し、本当の意味で自分にとっての幸せは何なのかを考え尽くしたんです。結果、見えてきたのは『わくわくするようなクリエイティブをもっと見たい』という気持ちだった。そのためには、未知のクリエイティブをつくれるクリエイターをたくさん育てる必要があるんです。だからこそ、僕は支援や教育をしていきたいんだなと確信しました」。

一息ついた後、樫本氏は続けて最終的な目的地を次のように語った。
「今後変わる可能性もありますが、現在の人生のゴールは『クリエイティブな投資家』に設定しています。これまでの取り組みで、形の無い個性の価値を見極められるようになりました。それらを発掘し、支援や教育によって伸ばし、輝かせるノウハウもあります。また、交流会の『クリエイター祭り』やクリエイターギルド『THE CREATIVE』など、挑戦や成長の環境も整えてきました。これらを総動員し、ビジネスの世界では測れない価値を見つけて支援できる立場になりたいです。そうすれば、身の回りからわくわくするクリエイティブがずっと生まれ続けて、僕は幸せで在り続けられるでしょう」。
「未来を創る力」で、うめきたを聖地に
インタビューの最後に「Creatism Junctionは樫本氏にとって幸せな未来情景につながるものか」と問うたところ、同氏は力強く首肯して答えた。
「もちろんです。弊社が掲げる『誰もが未来を描いて輝ける社会へ』というメッセージには、クリエイターへの強い信頼があります。クリエイティブな人は、未来を創る可能性を持っている。それらを発揮し、より良い未来社会をデザインし、実現していけるように共に伴走しながら支援するのが僕のライフワーク。Creatism Junctionでは、僕が感じるその可能性を、皆さんにも感じてもらえる機会になるでしょう」。

2025年11月29日。うめきたの「VS.」にて。
いつの日か、「あの日が始まりだった」と語り継がれる聖地の原点を、600人のクリエイターたちとともに刮目したい。